第八章 埴谷雄高と武田泰淳体験 二

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第八章 埴谷雄高と武田泰淳体験 二

埴谷雄高全集を買ってから数年は、私は埴谷雄高の世界にどっぷりと浸かり、遂にはそこから這い出られなくなったのです。
埴谷雄高全集を手にして以来、私の書くものは全て埴谷雄高のコピーでしかなく、また、私は、それで自己陶酔していたのです。

埴谷雄高の文体は難解なものとして知られていますが、私が書くものが埴谷雄高に近づけば近づく程、私は自分の書くものが上達しているとの大いなる錯覚の中で、自己陶酔に酔う事になってしまったのでした。

これで、私にも小説の一つでも書けるぞ

と、原稿用紙を目の前において――私はパソコンが普及した今も原稿は手書きです――「小説」を書こうとするのですが、困ったことに全く何にも書けないのです。
どんなに頑張ったところで、それは埴谷雄高のコピーでしかなく、私の創作物は一向に書けないままになってしまったのでした。

一体これはどうしたことか!

と訝りながらも、私は全く小説が書けないのです。
小説が書けないからまた、埴谷雄高の文章を読み、そして、私の考えていることを小説にしようとするのですが、全く書けないのです。

よく、偉大な小説家も先人の真似から始まる、とはよく聞く言葉ですが、私の場合、それは全く無意味な言葉でしかなかったのでした。

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