第十章 何も書けない 一

  • HOME > 第十章 何も書けない 一

第十章 何も書けない 一

埴谷雄高の『死霊』にどっぷりと浸かるのに比例するように私は何も書けなくなってしまったのでした。
その原因は簡単です。

この『死霊』以上のものを書かねば

と、埴谷雄高が一生かけても書き終えることなく未完で終わった『死霊』を超えるものを書くなんぞ、ずぶの素人が考えてはならない無謀な事だったのです。
しかし、埴谷雄高曰く、私もまた、ドストエフスキイに、埴谷雄高に、武田泰淳に「睨まれた」、つまり、

俺たちが走っているこの道筋をお前も走れ

といった、それを埴谷雄高は「精神のリレー」と言っていましたが、私が小説を書くと言うことは彼らの作品に比肩するものでないとならない巨大な壁が、私には小説を書く以前にすでに存在していたのでした。
これはどんな小説家も背負っているに違いない「創作」することの十字架でしょうが、私にとっては、それは、ドストエフスキイの巨大作群、埴谷雄高の『死霊』、そして武田泰淳の『富士』であったのでした。

この壁は文学を知っている人にはすぐにわかると思いますが、途轍もなく巨大なその壁を攀じ登るか、その壁をぶち壊すかして越えなければならない壁として、私の前に立ちはだかったのでした。

さて、どうしたものか

当時の私の頭に絶えず浮かんでいたのがその言葉なのです。
二十歳やそこいらの単なる文学青年が、比べる相手にドストエフスキイや埴谷雄高や武田泰淳を選んでしまった因果を私はそれから二十年以上嘆かざるを得なかったのでした。

右矢印第十一章 何も書けない 二」へ

スポンサードリンク