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第十九章 書き溜めることの重要性
一週間に一度のペースで大学ノート二頁分のブログを一年と書き続けると結構な文章の量になります。
この文章を書き溜めることが、後々重要になってくるのです。
私のブログは、自身の存在を問うたものばかりで、既に小説を書く事を断念できていた私には、その自身の存在を問うた、譬えて言えばパスカルの『パンセ』に何処となく似た、随筆でもない、奇妙と言えば奇妙な思索でのみ組み上げられた私の思索が渦動すると言ったらいいのか、その思索集が何か私の意図しなかった巨大な思索へと飛躍することを強いてきたのでした。
ここに来て、漸く私は文を書く事に真剣に向き合わなければならなくなった自分を自覚したのでした。
「何かが蠢き始めた」
と、その時の私は文を書く事の恐ろしさと喜びの両方に浸っていたはずです。
「小説の時代はとっくに終わっていたのか」
私はそのことをブログを書く上ではっきりと意識するようになりました。
ブログを書く事が私にとっては既に自分との格闘に代わっていたのです。
何時間もうんうんと唸っては、或る観念の一面を見ては恐る恐るそれを書いては、「これは駄目だ」と消して、また別の面を見ては、うんうんと唸って、私の頭蓋内に生じた観念を手探りで触っては、そのさわり心地を無難してゆくという、譬えるならば、文を書く事が難行へと変わっていったのでした。
しかし、文章を書きとめるということは、それが何年かかろうが大切なことで、一日に僅かしか文章が書けなくても、それが一年、二年と経過するうちに本一冊分の文章が書き溜められているのです。
継続は力なり、これが本を作る至言に違いありません。
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